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Vol.5 HARP SHOCK / SANAE

銀座十字屋で取り扱うCDの中から、スタッフが実際に聴いてみて、みなさまにおすすめしたいCDをレビュー形式でご紹介します。CDレビューの一覧はこちら

 

 


HARP SHOCK / SANAE

かつてジャズの帝王マイルス・デイヴィスが、エレクトリック・トランペットを自らの主要楽器にした時、非難轟々の騒ぎとなった。帝王の気まぐれ・・・世間はそう捉えた。しかし、その後もマイルスは終生エレクトリックに専念した。なぜ彼はアコースティックからエレクトリックに持ち替えたのか。マイルス自身の答えは、非常にシンプルなものだった。「時代が変わったから」と。

ハープを聴いていて不思議に思うのは、なぜもっと前に出ないのだろうということ。ピアノに負けないオーケストラルな楽器でありながら、どこか通俗的に縁の下の力持ちとか、ここぞという際のアクセサリーのような立ち位置で満足しているように見えて仕方ない。

マイルスに補足すると、世の中のテクノロジーが進み、マイクロフォンの精度が上がると、いつも音が大きく華のある楽器トランペットが必ずしも花形ではなくなり、低音の響きや艶やかなトーンまでマイクが拾うようになるとサックスの時代がやってきてしまったのだ。さらにギターは、いわゆるエレキギターが廉価で販売され、演奏人口が増えた分、すでに聴き慣れた音になっていた。たぶんマイルスは奇を衒ったのではなく、自分の音が「時代の声」としての地位を失う事を恐れたのだ。

ハープにとっても、そういう傾向は他人事ではない。楽器自体が、いつまでも宮廷楽器であり続けたいわけでもあるまい。やはり時代に則した進化・深化を遂げてきたのだから、エレクトリックの要素もハープの世界観を広げることは間違いのないところと思われる。日本で誰もエレクトリックハープの担い手として手を挙げないので、自ら帆を張って海原へ進み出たひとりがSANAEである。彼女もグランドを弾くれっきとしたハープ弾きだ。研鑽の中で、自分の声を作り出すツールとしてエレクトリックハープを手に取ったと思われる。独り善がりの演奏家なら、「スカボローフェア」とか「グリーンスリーヴス」などの誰もが知るメロディをわざわざ選んでアルバムには吹き込まない。ロックやプログレの影響も隠さず、自分の造ってきた世界に共鳴・共感を求めているのだと思う。そのサウンドは、聴きようによってはスティールパンのようにも響くし、全米を席巻した日系人のフュージョン・グループ「HIROSHIMA」がエレクトリック琴を武器に、独自の間(ま)とグルーヴ感を演出していたことも思い出す。ミュートするのも一苦労、振幅の大きい弦楽器=ハープをいかに制御しつつ、フレッシュな音を捻出するか。シリアスなハーピストだからこその、SANAEのたくまざる挑戦の一里塚が本作に示されている。触手が伸びにくいジャンルかもしれないが、聴いたらそれを難なく乗り超えているあなたがいることだろう。

 


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