イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

銀座活弁倶楽部vol.3

 暗がりに入ると、映写機のカタカタという音がして、歯切れの良い活動弁士の語りが飛び込んでくる。小粋な楽士たちの音楽が、現実から夢の世界へと誘い込む・・・。活動写真というかつては華やかな文化を誇ったいまの映画の前身は、時代の流れと共に伝統が消えかかってしまったわけだが、どっこい活弁は生きていた。今や銀座・十字屋ホールの恒例イベントとなった活弁の第三弾が行われた。

小津安二郎

 澤登翠という第一人者が弁士を務め、湯浅ジョウイチが率いるカラード・モノトーンが伴奏を担い、昔ながらの映写機でフィルム上映という、デジタル万能の世の中を敢えて逆行する演出で、活動写真を銀座のど真ん中で観ることができる至福と痛快さはこの上ない。今の吹き替え上映の手本になったのであろうが、一人の弁士が声色を使い分ける様はまさに芸術、しかも原本にはそもそも付いていないオリジナル音楽を奏で、古いフィルムに新たな命、違った解釈を吹き込んでいるのが、この活弁に最も魅了される部分だ。

 今回の出し物は、「生れてはみたけれど」と「大学は出たけれど」の2本。小津安二郎がサイレント期に世に問うた名作で、いわゆる「鉄板」の作品だ。内容は何度も観たし、今のホームドラマの原点は小津作品にありという言葉もあるくらい、いずれの作品も日本人の原型が顕されているため、安心して観ることができる。ポイントは、弁士の語りと楽士の音楽でどうリブートされたかということだろう。取り分け感銘したのは、「生れてはみたけれど」における澤登の子供たちの描写だった。声色のみならず、心情にも迫っており、子供ならではのゴネ・ダダ・素直さといった表情を見事に使い分け、本当に何人もの声優が舞台裏に控えて、影アナよろしく声を出しているのではないかと思うくらいに演じている。これは男弁士では敵わない領域だ。転じて、「大学は出たけれど」は基本男の社会を描いている。さすがに男の声は・・・と思ったら、雰囲気と演出に呑まれて、澤登が女性であることをしばし忘れるくらいに、障壁など楽々クリアしてみせた。ギター+フルートという編成で伴奏を担当したカラード・モノトーン・デュオの演奏も秀逸。出過ぎず憚らず、ちょうどいい塩梅の音と流れを捻り出す。典型が分からないため、ベストと叫べないのが残念だが、今や活弁の領域では、これ以上のものは多分望めないのではないか。

澤登翠

 活弁を知る人には懐かしく、全く知らない人こそ是非体験してほしいアートである。モノクロ映画の絶対数がそもそも少なく、演目もどうしても限定されてくるわけだが、むしろその表現領域は広く、可能性はまさに広がっているような気がした。一見の価値があるイベントである。