イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

情熱のハワイアン・サミット2015

2015.9.4~9.6

 ハワイアンを積極的にサポートしてきた十字屋ホールだが、今までありそうでなかったイベントが実現した。「情熱のハワイアン・サミット2015」がそれだ。白石信とナレオ・ハワイアンズ、大橋節夫Jrニューハニーアイランダース、バッキ―白片&アロハハワイアンズという、確かに現時点における日本のハワイアン音楽の頂点に立つグループが集結したのだから、看板通りの実に説得力あるイベントとなった。

 日本のハワイアン音楽は、「音による憧れの具現化」であった。南国の楽園ハワイは、一億総中流化と揶揄されながらも、高度経済成長期に必死に食らいついていった当時の日本人にとって、「いつか必ず訪れてみたい」憧れであり、それを音楽表現する過程で、ハワイに広く伝わるウクレレやギターと海の波を表現したと云われるスライド奏法のスティール・ギターを主要表現に使った事から、その特性に人気が高まり独自の世界観が確立されていった。先駆者たち、すなわちバッキ―白片、大橋節夫、白石信などは、そうした演奏能力に加えて作・編曲の才能にも溢れ、誰もが分かり易い軽妙な構成と歌詞を載せて、歌謡曲の枠組みから大ヒットを飛ばしていった。時は経ち、今は白石信を除けば皆が鬼籍に入り、実息たちがその名代を引き継いでいる。とはいえ、「門前の小僧習わぬ経を読む」どころか、親子として身近で熟達した技を見続けてきた第二世代が、いわば一子相伝のDNAを引き継いだ、先駆者たちの最盛期と比肩はできないけれども、それに近いクオリティを持ったバンドが、今回一堂に会したと言ってもけっして過言ではないだろう。

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 情熱の3日間、トップバッターは白石信だった。スティールの名手。齢80を超えているとは思えない雄姿は、背筋もピンと張り、今もステージ映えがする。迷いが一切ないフレーズは躍動的で、バンドをグイグイと引っ張る。写真家・浅井慎平氏も飛び入り参加、盛りだくさんの十字屋ホールでの初ステージは、大成功だったと言えそうだ。

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 大橋節夫Jrは、無論父の影響を受けた歌手ではあるのだが、昨年末に十字屋ホール初登場以来、さらにハワイアンの境界を超えた本格的な歌い手に転じつつある。甘い声、脂の乗り切った声の張り、選曲の妙。父の遺したハワイアンの曲を模倣するのではなく、あくまでも自分の解釈でレパートリーに加えている余裕は何とも心憎く、和製ペリー・コモの声も掛かるのはそう遠い日ではないだろう。結果、新たなファン層も増やし、3日間で最も人気のショーとなった。

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 トリを務めたのは、バッキ―白片の息子たち、長男の白片アタエを筆頭に、ファミリーで父の技を伝承する、アロハハワイアンズだ。和製ハワイアンの草分けであったバッキ―白片は、バンドという枠組みの中で歌手や演奏家を育てた名伯楽でもあった。実は、このバンドの育成や人材育成が、後に歌謡界や湘南サウンドに影響を与え、後のグループサウンズに通じる派脈が作られていったことはあまり知られていない。アロハハワイアンズは、まさに名門中の名門ハワイアン・バンドなのである。事前に数曲を打ち合わせただけで、あとは出たとこ勝負の選曲。これは一見いい加減なようだが、それだけレパートリーが多く、腕に覚えがあるからこその力業であって、培ったハワイアンの名曲数え唄も滾々と湧いてくる光景は、老舗ならではの貫禄。良い意味での余裕がこのバンドの命線であり、“癒しのハワイアン”の神髄を地で往っている。

 連日、台風接近による大雨で動員も危ぶまれたのだが、蓋を開けてみれば会場の惜しみない拍手の多さに、名物イベント誕生の予感がした3日間だった。