イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

松本零士とその世界

 十字屋ホールとしては、変わったイベントだったと思う。何と漫画家の松本零士が登場、ホール主宰マダム中村とのトーク・ショーおよび彼が創ってきたキャラクターのライブ・ドローイングを挙行し、その間に中村愛によるハープ演奏が花を添えた。銀座では今までなかった趣向だ。それは、登壇した松本自身も驚いていた。「想い入れの強い銀座は、当時下宿していた本郷三丁目から歩いて通った我が青春の街。まさか、銀座でこんなイベントができるとは・・・」と。

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 一言でいえば、時代の変遷なのだろう。開催場所が秋葉原ならば得心もいく。銀座と宇宙戦艦ヤマトが、即座に線で結び付かないことは何となくお分かり頂けると思う。だが、松本氏のトークから様々な興味深いエピソードが語られると、むしろ松本零士という漫画家と銀座は思いのほか繋がりが強く、もっと早く銀座でこのようなイベントがあっても良かったのではと感じた。故・手塚治虫を筆頭に、若き日本漫画界の俊英たちは皆、銀座「数寄屋橋」でよく屯(たむろ)していたこと。銀座にあった映画館をハシゴして、海外のエンタメ情報にアンテナを張っていたこと(無論、それが漫画のアイデアに活かされてきたこと)、今も銀座で求めたバッグ・腕時計を愛用していること、そして少なからずレコードなども漁ったこと。思えば、松本零士を高みへ登らせる契機ともなった劇場版「宇宙戦艦ヤマト」が公開されたとき、東映の上映館にただならぬ行列ができて社会現象となった地こそが、他ならぬ銀座だったという背景がある。今やその名が世界に轟き、フランス政府からはシュヴァリエ(騎士)勲章の叙勲を受けている松本零士は、漫画家の域を超越したアルチザンだ。事前には違和感たっぷりと思えたのが、松本が備えた銀座に相応しい存在感をいかんなく発揮したイベントとなった。そして、参加した40-50代が中核とおぼしきファンこそ、あのまさに銀座東映の行列に並んだ世代なのである。

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 呼び物はなんといっても、ライブ・ドローイングだろう。現役の漫画家がステージで、しかも多くのファンの面前で実際にキャラクターを描いてみせるという例は、ほとんどない。創作の場を覗かれるというのは嫌なものだ。今や漫画は流れ作業。まして、画力が思ったほどないなどと思われたくないし、集中力が削がれてライブどころの騒ぎではない。松本氏がそれを敢行しているのは、彼が自身のキャリアにおいて収穫達観期にあり、次世代へ思いを馳せる指導的立場にあるからだろう。時代を共に作った手塚治虫、石ノ森章太郎、赤塚不二夫・・といった同時代の巨匠たちは今や鬼籍に入った。もはやアニメ界の頂点にして、後進へバトンを継承できるのは松本零士しかいない。彼にしてみれば、むしろ自分の作法・画法、そしてキャラクターへの思いを皆へ伝承・継承してもらいたいのではないか。大作家の作業中の手元を覗くというのは貴重な体験であり、堂々と開闢する松本氏の器の大きさに暫し感じ入ってしまった。また、会場が十字屋ホールでなければならなかった理由が、このライブの場で中村愛が松本の描いている間、松本作品ゆかりの音楽をハープで奏でたことだ。無論、ハープ用の譜面はない。中村は、ピアノ譜と耳を頼りに松本作品の音楽を見事リブートしてみせた。これには、旧来の松本零士ファンからも賛辞が相次いだ。蓋を開けてみれば、銀座、松本零士、ハープのミスマッチや乖離は何一つなく、しかも松本の実弟もサプライズで登壇、ファンも松本自身にとっても新鮮なイベントになったようだ。トークでは意外にも饒舌だった巨匠だが、さすがに激動の世代を歩いてきただけあって含蓄深いエピソードが多かった。もっともっと話に浸っていたい感慨を覚えた。

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