イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

池上英樹 マリンバ&ピアノ・コンサート

 プロレスには厳然たる韻がある。ベビーフェイスとヒール(善玉と悪玉)に分かれ、臨場感と説得力ある肉弾パフォーマンスで観客の感情に揺さぶりをかけ、知らず知らずのうちに興奮の坩堝に叩きこんでしまう手法である。池上英樹は、そのユニークな経歴やパフォーマンスで、日本では唯一無二とも言えるマリンバ奏者であり、鬼才と呼ぶに相応しい力量と質感を湛えている。今まで十字屋ホールでも何度かその凄技を目の当たりにして、圧巻的なパフォーマンスに唖然とした覚えがある。だがその超然とした演奏は、どこか孤高の感があり、曰く取っ付き難い印象を与えてきた。そう、どこか若干ヒールのイメージもあったのである。だが、そのヒールがベビーフェイスに転じると、余計に親近感が湧いて一気に距離感が縮まってファンになってしまう現象もある。今回のコンサートにおける池上は、レスラーのベビーフェイスへの転向さながら、選曲に工夫を凝らすことで、聴き手の心を鷲掴みにしたようだ。

池上

 「シェルブールの雨傘」「お祭りマンボ」「赤と黒のブルース」・・・へえ、池上にこんな茶目っ気と人懐っこさがあるとは思わなかった。映画音楽に、美空ひばり、鶴田浩二である!しかも「赤と黒のブルース」では、マイクを持って自ら歌い始めたではないか。ジャズが振出しで、クラシックに目覚め、その後も様々な音楽的変遷を経て、マリンバの内なる音を研ぎ澄ませてきた結果、たぶん今の池上は、けっして開き直りではない、むしろジャンルなどは取り払った真のマリンバの響きを会得・達観しつつあるのだろう。音に楽しさが躍るようになった。既得のファンも新たなファンも、マリンバを堪能したという点では一致しているわけで、まさに理想郷に近づきつつあるように思えた。

 マリンバにはリバーヴ感が乏しい。楽器そのものをドライブさせるには、極めて肉体的な躍動と芯からのリズム感が要求される。マレットの打点が狂えば、不協和音の元凶をいともたやすく作りだすことができる。大胆な音と繊細なタッチを同時に捻り出すという、実は高度な技を連続させているわけだ。たぶん、池上のクールさは、涼やかに独りでこなしてしまうことにもあったと思う。今回パートナーを務めた柴田かんなのピアノは、池上の苦悩の受け皿となるのみならず、アグレッシブな刺激も与えることで、昨今の池上にある種の安定感と「冒険」の成就にも寄与している。音楽の裾野が広がって、演奏に含みがでてきたのは、柴田のサポートに依る点が大きいと思う。

 ステージが歓声でどっと沸く・・・そんな日を、精緻で鳴る池上のコンサートで迎える日が来るとは、十字屋ホールも予想できなかっただろう。それ故に、3月で閉まるホールには最高のオマージュになっただろうし、聴き手も大満足となったはずだ。明らかにスケールアップした、今後の活躍が予想されるコンサートになったことが、最大の収穫だった。