イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

春のシュビドゥバ

 実に不敵なタイトルであるが、春のウキウキ気分に、思わずスキャットやハミングでひと唄捻ってしまう瞬間は、誰にも身に覚えがあることで、それを外山喜雄とデキシーセインツが企んでいると考えると、思わずニヤリとしてしまう。

外山喜雄

 サッチモことルイ・アームストロングが、ジャズの王様と呼ばれる所以は、現在に至るまでのジャズの変遷のなかで、現存する必要なエレメント全てに、彼の存在と功績があるからだ。スキャットなどは、サッチモによって生まれたのである。簡単にいえば、90年前にサッチモがレコード録音に臨んでいた際、歌詞が入った譜面を録音中に落としてしまったことに端を発する。今と違って録音し直すとか、やり直すというのは、労力や金がかかる。録音は、それほどの一大事だった。その瞬間は、ほとんど動物的直感によってもたらされた。飛んだ歌詞を無視して、サッチモは「ダバダ、シュビドゥバ~♪」とやったのである。さて、一計を案じた奇策とはいえ、フィードバックしてみるとこれがなかなか面白い。出鱈目なようだが、その実、サッチモが発したのはまるで自らの楽器のような歌声であり、後にジャズの需要なイディオムとなる即興の原初的な独自スタイルがそこにはあった。「こんなご機嫌なテイクなら、そのまま出してしまえ」と、それがそのままレコードになった。以降、スキャットはジャズにおいては不滅の技法のひとつになった。90年たったその日付は、2月26日。ジャズ226事件とは、このことである。

 今回の趣向が良かったのは、デキシ―ランドの範疇に拘ることなく、障壁を取り払って日本で根付いたスキャットの変遷史をプログラムに盛り込んだことだ。細野よしひこがジョージ・ベンソンばりに、ギターをつま弾きながら同時に「スターダスト」をスキャットすれば、銀座十字屋会長の中村千恵子が「夜明けのスキャット」で日本でスキャットという言葉を幅広く伝播させるきっかけになった同曲を詠唱、モダン・ジャズではその歌唱とりわけスキャットに関して言えば比類がない丸山繁雄が、ジョン・ヘンドリックスからお墨付きの超絶スキャットを披露する。国内屈指の女性ジャズ・ボーカルと言っても過言でないギラ・ジルカが、あの「11PMのテーマ」にチャレンジしたり、外山とジャズの名盤「エラ&ルイ」の再現ならぬ「ギラ&ルイ」と称して「チーク・トゥ・チーク」を熱唱したりと、実に盛りだくさんのエンターテインメントを展開した。

 入口は簡単。一見簡単なようでも、本当はやれと云われてもなかなか即興では難しいとされるスキャットでも、「シュビドゥバ」と呟けば、気分はジャズ・ミュージシャン。誰もがこの日、ジャズって楽しいと思えたのではないだろうか。だが終わってから振り返ってみると、モダン・サイドの丸山とギラがあれほど楽しげにデキシーランドのステージに立っていること、外山のお内儀・恵子さんがモダン・ジャズのセロニアス・モンクの曲でピアノ伴奏していることなど、有り得ない光景の連続で「凄いコンサートだったんだなあ」と身震いすると共に、改めてジャズという音楽の懐の深さを感じざるを得なかった。素人に太鼓判押されてもとは思うが、内容をアメリカ版にローカライズすれば、そのまま全米で通用するショーのレベルであると思えた。