イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

唯文ロマンチズム 〜最終章〜

 シャンソンの貴公子・・とはいっても、唯文はすでに中堅のなかでも、既にリーダー格であり、そろそろ自らの考えるシャンソンを発信してゆく時期にある。その端境期に、十字屋ホールと出会い、唯文がプロデュースする仮想シアター「ロマンチズム」が生まれた。当初は、弟分のダンディーズを従えて、イケメンだらけの華やかなステージで女性たちをメロメロにしていたが、次第に内省的な側面を打ち出すことに変わった。大貫祐一郎のピアノ伴奏一本で臨むステージは、それこそ大先輩の菅原洋一のみがそのスタイルを貫いているだけで、まさに歌い手とすれば荒行に近い選択だと思う。たった2年ほどの間なのに、唯文の歌唱力はぐっと上がり、ステージは余分なものを削ぎ落とした、静謐なものへと転じた。本人の鍛練は云うに及ばず、最も変わったのが歌うことへの姿勢のように感じた。

唯文

 誤解を恐れずにいえば、それまでの唯文はどこか「シャンソンを歌っていた」。ロマンチズムは、仮想現実の世界であり、シャンソンの世界観を歌に乗せて歌うことに、何のわだかまりもなかったはずなのだ。だが、どういういきさつかは知らないが、俳優の松橋登とコラボレーションを組むようになった。その熟練の朗読や歌唱に触れ、心の内をどう表現し、聴き手とコミュニケーションをとるか、恐らく触発されるものがあったのだろう。それがたとえ日本語による歌詞であろうと、仏語による歌であろうと、伝わらなければ唄を歌っているだけ。「歌うことが、シャンソンになる」。これこそが本懐であることを、唯文はいま本能的に感じ取っているのではないだろうか。立ち居振る舞いから、そして粋な出立、選曲に至るまで自信と確信が滲み出るようになった。当然、もはや若手ではない、そんな自覚が成すステージには、ある種の風格が漂うようになり、歌う事だけで魅了できる力が備わりつつあることを、今回のステージでは感じ取れた。特に、「パダンパダン」やアンコールで歌った「百万本のバラ」はこれまで何度も聴いたが、味わいが一味も二味も違った。歌詞に込められた物語を浮かび上がらせる歌唱、これに唯文が確実に近づきつつあるのである。