イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

伝統芸術に新しい風 津軽三味線の山中信人と能楽師・山井綱雄の初共演

 和の伝統芸能は、従来から続く技を、いかに時代の流れの速さに流されず守りながら、それでいて時代の息吹を盛り込むことで活性化させるという、二律背反の宿命を背負っている。まして、担い手も聴き手も昨今どんどん減少するなかで、伝統芸能を継承してゆくというのは生半可なプレッシャーではあるまい。何に限らず、和の伝統芸の演者たちは、当たり前のことを当たり前にできることの重さと凄味、そして普遍的な芸道とはいかに懐が深いものなのかを観る者へ実感させることこそが、裾野の拡がりを促してゆくことと、得心しているのだろう。
 
山中・山井

 少なくとも、この日の山中信人~山井綱雄のマッチングは、これが初共演でしかも新曲を準備しているのに、初顔合わせだったとは思えない習熟があった。十分でない準備から来る違和感とか、流儀も芸もまるで違った畑の人々とは思えない、納まりの良さすら感じる佇まいを醸し出すのは、度胸だけでは醸し出せない要素である。ステージを傍観しながら思ったのは、二人とも自分の芸と歩んできた道を、いささかもブレることなく、真っ直ぐ歩いてきたことへの絶対的な自信があるなということだ。なるほど懐を広くとるには、相手の芸に迎合しない確固たる信念があればこその余裕が必要だ。一方で対峙した際、一芸を深く掘り下げてきた過程で生ずる、他の芸にもある共通項を認め、違いを認識した上で別の芸に対する理解力を要求される。二人は、恐らくそうした高みに達している者同士で、仔細なことには動じない、芸への信心が体中に染みわたっているのだろう。不思議なことに、互いの領域を全く冒すことなく、違ったフォーマットであろうが、面白いほど我を通しても、二人の共演にはいささかの齟齬もないという、非常に稀有な空気を作りだしていた。

 表情に乏しいことを能面に例えられるほど、喜怒哀楽を封じ込め、内なる動きを舞いや所作で体現させる能楽師と、風雪に磨かれた感情をアタックの強い音で情念を掻き出してみせる津軽三味線奏者は、考えてみれば作法そのものが真逆といえるし、考えれば考えるほどその接点とは近くて遠いものだったはずなのだが、三味線の波状に能が優美に舞う瞬間を観てしまうと、それがあたかも今まで存在していたかの如くの情景に見えてしまう。これが和楽の懐の深みなのか、暫しキツネにつままれたような感じで、これが何だったのかと言われたら言語中枢に支障を来たすので断言はしないが、正月早々、えらいものを観てしまったなあという想いが強い。今もその余韻を引き摺っている。