イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

流行り歌グラフィティ VIVA!アコーディオン

 銀座十字屋の140余年という歴史に比べれば、十字屋ホール30年の歴史というのはそのほんの一部に過ぎない。しかし、楽器店がプロやアマの演奏をプロデュースし、あるいは未知の才能をある意味育て、演奏の機会を供与するといった活動を、銀座という日本一の繁華街のど真ん中でやって来たことは、大いに意義がある。惜しむらくは、知る人ぞ知る存在であったこと。上限150席。可動式ステージかつ可動席なため指定席が作れない。そのため、いつも自由席。しかも、我先に良い席をと勇んでも、銀座という土地柄とエレベーターのみを利用するビルの9階にあるため、開場待ちの列が作れない。そんな制約だらけの中で銀座ならではのサービスを目してきたため、結果的には広範にというよりは、サービスの純度を保つために、顧客やプログラムを選ぶとでも言おうか、そういう独特な雰囲気が好きなお客が集まるとでも言おうか、一種のサロン的雰囲気を醸し出したのもこのホールの特徴だった。それでいてチケットの値段は、銀座価格と真逆。銀座のど真ん中で100名平均のお客に対し、お足はだいたい3000~4000円。しかも、ドリンクが付く。中身は至ってリーズナブルだった。そんな十字屋ホールが、今年の3月末で終了する。このコンサートは、十字屋ホール主催で自分語りをする最後のコンサートとなった。

流行り歌グラフィティ1

 いかにも十字屋ホールらしいなと思ったのは、そうしたフィナーレになっても、独自目線のブッキングを貫いたことだ。アコーディオン・・・である。いかにも地味な楽器。今もKOBAや桑山哲也など、著名な演奏者はいる。かつて完全自主完結できるハンディな楽器として、アコーディオンは確かに一世風靡した時代があった。カラオケが隆盛になる前には、のど自慢大会があり、その傍らで伴奏していたのは、ほとんどアコーディオンだった。1970年代に入ってギターが隆盛する迄は、歌声喫茶の花形はやはりアコーディオンだった。その後は低迷が長く続き、ほとんど顧みられなくなっていたが、最近のカフェ・ブームで徐々に復権しつつあるという。それを長いスパンで捉え、やはり良いものは良いと、十字屋ホールのオーラスでこの楽器をフィーチャーしてきたのは、十字屋楽器店こそがアコーディオン(当時は、手風琴といった)をいち早く日本に輸入、国内生産への道筋を付けたのが同店であったからに他ならない。ハープ、オカリナ、ハンドベルなど、最近においてもニッチでありリッチである、他店が目もくれない楽器の啓蒙に努めている。このブッキングも十字屋イズムの一環なのだろう。

流行り歌グラフィティ2

 コンサートは、明治から昭和、平成に至るまでの、当世流行り歌をアコーディオンで弾き・歌い継ごうというもの。まさに、どこかで聴いたことのある曲のオンパレードで、ともに口ずさむ歌がきっかけになって、若き日の思い出に回帰した方も多かったと思う。会場は、かつての歌声喫茶さながらの熱気となった。明治から現代に至る長丁場のMCを、元々は活動弁士である山城秀之が名調子で務め、ノスタルジックな世界へグイグイ引っ張ってゆく。そして、グラフィティものだからベテラン演者が登場するかと思いしや、メインのアコーディオンを弾いたのは田ノ岡三郎、バック・グランドの即興演出とピアノで全体をサポートしたのが野口茜という、若い「これから伸びる実力派」が選ばれた。これが良かった。アドリブに対する反応が早い。しがらみや偏見がないため、古式騒然とした曲にもフレッシュなアレンジやアプローチが光る。そして、遠慮がちにそれぞれ1曲ずつオリジナルを弾いたのだが、曲自体がとても親しみ易い。ここにギターなどのリズム楽器を加えたら、かなり面白いユニットになる予感がする。会場を盛り上げたのは、ヴォードヴィリアンでアコーディオン弾きのMAYAKOと弟子のポニョラ。道化を演じながら、歌のリード役を買って出たり、風船芸を披露したり、かつて「ちんどん屋」に感じたような、わくわく感や高揚を喚起させられた。また会場には、かつて十字屋が一手販売していたヴィクターレコードのマスコット「ニッパー」関連グッズが溢れ、今考えれば実によく練られた流行歌レビューだった。アコーディオンへの見方・考え方が変わったと同時に、これからの可能性も大いに感じた。同楽器の復権同様、またいつかホールが復活すればいいなと、儚い夢に溺れた。