イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

母の日に贈る音楽の花束

2015.5.10 十字屋ホール
 斎藤葉のハープと岡崎ゆみのピアノが奏でる「花のワルツ」を聴いていて、得心したことがある。なぜ、ハープとピアノはあまり共演しないのかという問いに関する解である。巷間よく云われるのが、旋律において音を喰い合う、どちらも持ち運べない楽器なので十分練習できない・・・等。いや、きっとそうではない。お互い熟達した共演相手を選ばざるを得ないから、そういうパターンが少ないのだ。共演に到るには、ハードルが高いデュオなのだ。

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 ハープとピアノ。優美な楽器の代表格であり、歴史も古い。片や弦、片や鍵盤を手繰るにあたって、必要十分過ぎるほどの重労働を経て、あれだけの美しい音を出している。湖面に浮かぶ白鳥の水面下のバタ足ではないが、実は古い歴史があって改良されてもよさそうなものだが、どちらもあまり機能的とはいえない難儀な楽器である。たとえば、ハープ。ピアノと違って独立した黒鍵があるわけではない。ペダルを使ってシャープとフラットに切り替わる。つまり、1弦が3種類の音を出すということである。譜面に臨時記号が出てくる度、ペダルを足で操作。また、戻す。何と、せわしないこと!しかも、ピアノとの共演にはパワーが必要になってくる。ピアノだって大変だ。繊細で軽やかな音が出したいからといって、鍵盤に静かに指を下ろしたところで、望みの音は出ない。弾き込まないと楽器が鳴らないのである。皮肉なことだが、選ばれし者が手繰る2つの楽器は、力仕事と互いの楽器を共鳴させるための不断の努力によって、実は相性抜群の柔らかさや鮮烈さを生み出している。本来、チャイコフスキーを聴いて、その調べに酔い、蕩けた顏でステージに見入るところだが、2人の共演にはどこか凄味を感じてしまったのである。

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 前述、ある意味音が喰い合うから、ピアノの連弾に近いメンタリーで弾くほうも聴くほうも身構えることになる。だが音はズケズケと心の中に染み込んでくる。晴朗で優雅な響きが流れ、誰もが知る選曲の良さは、聴いている分には実に心地いい。でも、どう考えても弾く方の側を考えたならば、自ら地雷を仕掛けているようなものだと勘繰ってしまう。ステージの2人はこなれた演奏を、どう短い間にアップしてきたのだろう。見かけ以上に緊張感を伴う第二部の共演ステージでは、別格の富貴を漂わせて終わった。つまり、選ばれた2人だったということだ。

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