イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

25絃箏 世界への架け橋

2015.6.4 十字屋ホール
 さあ、中川果林を祝福しよう。ノー・ボーダーな音楽観、天真爛漫で将来を真っ直ぐ見つめる純朴さ、努力で培った卓抜な演奏力、今のところ比較対象がほぼいない25絃筝の担い手・・・彼女の明るい未来を疑う要素は何一つない。本人も我々も気付いていないだけで、実は既にワールド・クラスの音楽家であるという事実。5年ぶりの登場となった2時間を超える十字屋ホールのステージでは、ヨーロッパで修業しけっしてルーツを忘れることなく独自の音世界を築いてきた、彼女の一回りも二回りもスケールが大きくなった姿があった。

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 冒頭の「Storm in the darkness」「乱」までの第一部は、中川が修行で得た漆黒の静けさをもったヨーロッパの憧憬を表現。北欧では言葉も通じない、音楽だけがコミュニケーションの手段であった彼女が、葛藤と試行を繰り返した末に見つけた光明のようなものが如実に顕れたプログラムだった。出自である和のテイストを散りばめながら、形式には囚われず肌感覚で捉えた箏の音を響かせていた。「琴がここまで饒舌な楽器だったとは思わなかった」・・そう思った方も多いはず。箏とは正月だけオツに澄まして聴くもの/弾くものではなく、ファッションで例えるなら着崩して使いこなすというのが「果林流」。目を見張るパフォーマンスが随所に光った。

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 そして、第二部はいわばバック・イン・ルーツ。日本の古謡を混ぜながら、そこに温故知新を得ようとする、目がキラキラした彼女の好奇心と探究心をそのまま表現したステージといえる。嬉しかったのは、彼女のルーツといえば親御さんそのものだが、何と共に音楽家である彼女のご両親が飛び入りで妙技を披露するというサプライズがあったこと。父の中川昌三は、ジャズのフルート奏者。キース・ジャレットを始め、名うてのジャズマンとの共演を果たしてきた幻の名手である。幻・・・なのは、現在教鞭を執る日々で、病のために本格的な演奏活動からは疎遠になりつつあるからだ。だからオールド・ファンには、彼の登場こそがかえって大ニュースなのだ。圧巻だったのは、父と娘の共演による「スペイン」である。中川昌三は、昔からエフェクターなど駆使するのを躊躇しないほうで、アコースティック至上主義のコアなジャズおたくからは白眼視されていたが、一流の奏者であることは誰も疑わなかった。あの「ルパン3世」の斬鉄剣が煌めくときの尺八風な音、あれフルートなのです。実はこれも中川のユニークな音作りに他ならない。今や伝説である。演奏も瑞々しく、老け込むのはまだ早い。速いサビのユニゾンの気持ちいいこと!昌三氏には、早期復帰を乞う。そうした革新的な父の背中を見て育った果林が、音楽の壁を越境し、壊してみるには悪くない風習をスマートに料理してしまうのは、やはり「蛙の子は蛙」なのか。楽器に和も洋もない。まだまだ味わったことのない楽器のコンビネーションが、きっと山ほどあるのだろうなと思う。また、お母さんのいずみさんも、ピアノ奏者であり作曲家でもある。ピアノで競演かと思いしや、意外にもご自身の作曲した歌を朗々と歌って娘の晴れ舞台への献花とした。こういうのは、涙腺が緩んで困る。
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 ステージ・リポートから外れる。会場では彼女のCDが販売されていたが、そのうちの一つを手にとって思わずのけぞった。何とECMレーベルに吹き込んでいるのではないか!もっとも、アンドレス・ヨーミンとレナ・ウィルマークとの共演盤なのだが、これは凄いことである。総帥のマンフレート・アイヒャーは、音に妥協はない、感性が研ぎ澄まされている、資質を認めれば無名であろうと録音に走る・・・静かなる怪物プロデューサーである。この男に認められるということは、クラシックの世界でいえばドイツの名門グラモフォン・レーベルと契約することに等しい。本人が知らないうちに世界レベル・・・と前段で述べた背景には、こうした事情がある。つまりステージで観た中川果林の音楽を、素晴らしいと感じたあなたの感性、これも誇っていいということなのである。

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