イベントレポートある日の銀座十字屋
ホール主催イベント

午後のサロン 須磨章・須磨佳津江「妻は園芸・夫は世界遺産」〜放送人の夫婦の日常〜

午後のサロン vol.181 2015.4.24 十字屋ホール
 並ばれたお二人はマダムに紹介されて、共に照れたような表情をなさった。同じ舞台が初めてだそうだ。最初は世界遺産の取り組みをして10年になるという須磨章さん、都市をテーマにした三つの「世界遺産」を其々5分の映像の後に解説された。その後、須磨佳津江さんは写真を見せ乍ら「オープンガーデン」の魅力を話された。

suma1

 最初は『ワルシャワ歴史地区』、ポーランド王国の首都だった古都クラクワを『守り継ぐ心の都』というタイトルの映像が流れる。クラクワ街の広場にある聖マリア聖堂、1241年タタール人の襲来で、衛兵が敵の矢で喉を射抜かれたため、現在でも同じようにラッパが途中で鳴りやむ。16世紀以来、バベル城では41人の王が戴冠式を行った。第二次世界大戦でヒットラーに壊滅的に破壊されたワルシャワ歴史地区は、不死鳥のごとく再建された。元通りの街にこだわった復元はワルシャワ国民のアイデンティティだ。それは、ポーランドには長く虐げられた歴史があったため。復元の先頭にたった建築家が学生たちにスケッチさせた絵や設計図が3万5千枚あったから建物や街並みが完璧に復元できた。「歴史を奪われた国民は記憶を奪われたのと同じ、破壊されたものを復興するのは未来への責任」その建築家の言葉だそうだ。

 2つ目は『マリ共和国』のジュンネ旧市街、西アフリカの土の街、ニジュール川が運んだ泥で作った泥の街。日中は摂氏50度になり、1平方メートルに1万人が住む。街の中心のモスクは毎年、泥をぬる修復を繰りかえす。モスクの泥塗りは祭りか、宗教行事か、修復か、長老アラーの神のため、それがいつしか祭りになり、修復になる。子供が泥を運び、女がこね、男が塗る作業だ。ユネスコは最初、この街を世界遺産として認めなかった。泥の家は断熱効果がある。昼の暑さに比べ、夜は土が冷えて気持ちが良い。満天の星空を眺めながら、屋上で眠る。全て泥なので、貧富の差を感じない。共同体としてしっかり機能し保持されている。究極の地産地消、自然に絆が生まれているという。

 最後は『花の都パリ』ノートルダム寺院地下探検通路、地下に石灰岩の採石場もある。18世紀の産業革命があってパリに人が流れ込んできた。パリは道も狭く下水道も完備しておらず、ひどい悪臭がした。セーヌ川の橋の上に住宅が建っていた。凱旋門ができ、ナポレオン3世(ナポレオンの甥)がパリの大改造を行う。19世紀後半に生まれ変わって花の都パリになった。ナポレオン3世は大型馬車で実際に走ってみていい感じの街にするのがポイントだったという。アパートのテラスの高さを揃え、屋根の角度を45度にして、歴史も大事、知恵も大事と、その両方を考えて作られた街がパリ。と話される。「今、翻って2020年の東京オリンピックが街を考える良いチャンス」と須磨章さん。「1964年東京オリンピックに発展途上国が全く新しい近代化の街づくりをめざして作った東京。江戸の基点だった日本橋の現状、今後は日本の歴史を大事にするのか、これから何を大切にして東京を作るのか、品格のある街づくりをめざしてほしい。」そう結ばれた。

 須磨佳津江さん「庭から始まる物語」こちらは様々なタイプのオープンガーデンの写真を交えてのお話になった。
先ずは、ご夫婦のお話からスタートされた。章さんは自分の番組が放送されるといつも「どうだった」とたずねるそうだ。「実は、感想を言うのは難しいものです。真面目に言うと「うるさい!」、褒めると「おざなりだ!」となります[笑]」そう言って、須磨佳津江さんは、会場の気持ちを一気に掴み取る。「NHKアナウンサーとして4年3か月で、夫が住む札幌に転勤枠がないため寿退社、結婚当時、夫は忙しく、朝はぎりぎりまで寝ていて夜は寝るだけに帰ってくる。結婚して、かえって、一緒にいられなくなったんです。そのうち気づきました。人に幸せにしてもらおうと思った私が間違っている。自分の倖せは自分で作らなきゃと。今は、各々がそれぞれの道をゆきながら夫婦しています。」仕事に復帰したのは偶然の積み重ねだそうです。「夫が札幌から東京に戻った時に、NHKから声がかかり、子育てもあったので、週二回くらいの仕事から始めたのがフリーになった最初です。」その後担当した「趣味の園芸」で花を愛する人の笑顔に惹かれていき、以後オープンガーデンに拘って調べ始めたとか。

suma2

 1996年『オープンガーデン』のきっかけは誰でも自分のお庭に入れていた人からの投稿だった。『花を見てください!』の裏側には笑顔が見える、色々の学びがあった。感動や納得の連続で、花は人を幸せにすると確信し、その普及を目指した。ガーデニングという言葉もいつの間にか当たり前になっていった。何故、日本人はこんなに花が好きなのだろう・・その謎解きも始まった。
 万葉学者の中西進さんは、「日本人は農耕民族で、万葉の時代から、植物と一体化して生きてきた。身体の名称は、植物と一体化している。芽(目)、花(鼻)、葉(歯)、手足を枝といっていた。骨は(ホと根)、ホは重要なという意味、というように。だからこそ、植物がそばにないと落ち着かない。」という。だからこそバブルがはじけた後、ガーデニングが起きたのではないかと、話された。
 そしてガーデニングがブームになったことで、花の種類が増えた。外国のものも2年で日本の気候にあうように品種改良され、手に入るようになった。オープンガーデンで庭を見せ合い、人が喜んでくれることが自分の幸せだと言う人が増え、笑顔が地域に拡がっていったと、次々にいろんな庭の写真を見せながら解説される。そのリズミカルなコメントはさすがに圧巻だった。
 北九州の花いっぱいの美しい庭、埼玉県の女性のその時期だけ有料で開放するバラの見事な庭、小平のサクラ草にこだわった庭は、江戸時代のような飾り棚もある。茨城のイングリッシュガーデン風の庭は、庭に合わせて家を建てたそうだ。窓からの景色も素敵なのでお茶とお菓子付きで予約制で有料にした。棚には友人手作りの値段付のアクセサリーが並ぶなど活動の幅を広げている。菊をデザインした見事な庭を番組で紹介すると1500名見学に来た。「人は感動すると人に伝える、喜びのおすそ分けが始まる、花の好きな人の笑顔は、喜んでいただくことが自分の倖せという笑顔!ITではなく、I(愛情)T(知恵)T(手間)が人を感動させる!それと、やりたいという意欲が、驚くような創造力を生む。花により人生を明るくした人にたくさん出会ったそうだ。
 映像で歓声があがった菊の庭は、年々エスカレートして園芸家を驚かせ、数年後には、2万人を超える人が見にきた。お金がもうかった時の笑顔と違う。爽やかな笑顔でともに幸せになれる・・」須磨佳津江さんから感動が伝わってくる。庭から様々なことを学んだ。人それぞれ、好きが違う、木は好きではなく白一色にこだわった庭。床屋さんがボランティアで作るカットの美しい地面を彫刻した庭、四国では、サボテンがシンボルツリーでびっくり!お庭にガーデンセットがあれば、家が散らかっていても、気楽にお茶を楽しめる。妻を亡くした鉄工所経営者だった寡黙な夫がバラを好きだった妻への思いから茶畑をつぶして作り上げた250種1500本のバラ園、アンジェラというバラで、愛という字が描かれる。今年、第一号の結婚式がおこなわれるそうで、人生が寂しくなくなった。ガンになった女性が落ち込んだ気持ちを癒してくれたクリスマスローズに拘って作り始め庭、原種を20種も集めて、身体をうごかすうちにガンも回復、自力でロックガーデンも作った。他にも、町内会の花壇や、地域の庭等など、花のあるところには幸せが広がる。ガーデニングはヘブライ語で囲われたエデン(楽園)という意味だそうだ、「花育ては、誰でも簡単に幸せになれる方法。まず一鉢から始めてみてください!」須磨佳津江さんのお話は熱く終了して、拍手がおこった。
 「ご主人さまもさすがにプロだなあ と感心されていました」とマダム中村。マダムに誘われてお二人の馴れ初めのお話が始まる。少し照れながら、嬉しそうに話されていた。

suma3

 その後は30分間、斎藤葉さんのハープ演奏と岡崎ゆみさんのピアノ演奏、実力者たちのそれぞれの独奏と一緒の演奏という贅沢な時間、お馴染みの美しい曲を選曲された効果もあいまって、演奏終了後は、客席からの拍手が鳴り止まなかった。